なぜ修行僧は汚れてなくても清掃をするのか?~清掃の意味~

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株式会社のびしろ経営

先日、クライアントの中期経営計画の立案を支援したときの話です。
当社の経営計画では、午前中に自分の会社について点検してもらうために、さまざまな項目に点数をつけてもらっています。
その中で、「整理整頓、清掃は毎日徹底されているか」という項目があります。
この日のクライアントは、「毎日はやっていないが、きれいに保っているな~」といいながら5点満点中4点をつけました。

整理整頓、清掃について、大事なことだと考えている社長は多いかと思います。

なぜ大事なのかについて、私は「見た目のきれいさではなく、人の心を整え姿勢を正すため」だと考えています。

なぜ修行僧は汚れていないところを毎日清掃するのか?

日本の寺で、修行僧が毎日修行の一環として作務というのがあります。
作務では、毎日、「床はピカピカなのに雑巾がけをする」「落ち葉一つ落ちていない庭をほうきで掃く」ことをします。
なぜ、きれいな場所を清掃するのかについて、ある曹洞宗の禅師は「床を磨くのは、床をきれいにするためだけではない。あなたの心をきれいにするためなのだ」と言うそうです。

毎日床磨きをする教育

私自身が通った高校は、全国から素行の悪かった生徒が多く集まる高校でした。
全寮制の高校で、中学生まで社会になじめなかったタイプの生徒が、三年間の高校生活で生活態度を改め社会に出るために必要な素養を身につけます。
この高校の教育で有名なのが「心業」と呼ばれる床磨きです。
やはり、教えられていたのは「床を自分の心だと思って磨け!」でした。
無心になって床を必死で磨くのですが、終わったときには放心状態になります。
頭は考えることもなく無になり、すっきりとした心になります。

整理整頓され、清掃され汚れのない環境で生活や仕事を行うことは気持ちがよいことです。ただ、きれいな見た目をつくるだけでなく、毎日、整理整頓と清掃を行うことで生活にリズムをつくり、心を整え姿勢を正すことでクリアな気持ちになります。
心も頭もすっきりとした状態で仕事をすることで、パフォーマンスが上がりそうですよね。

みなさんも、整理整頓や清掃を日々の生活や仕事に取り入れてみてはいかがでしょうか。